2012年02月27日

Aris-Gifuの使いにくい点

岐阜大学以外の方には意味不明な記事です。

1.大項目と同じ名称の小項目がある。大項目をクリックして、そのページに飛んだ下に、同じ名称の小項目がある、例えば、取得学位。大項目に属している小項目が一つだから同じ名称になっているのかと思いきや、大項目の受賞をクリックすると、受賞学術賞という小項目が一つあるだけだが、同じ名称ではない。

学内運営管理をクリックすると、また学内運営管理があり、各種委員会活動とその他の学内運営管理活動とでる。同じ階層で、教育活動をクリックすると、授業と学生指導とでる。"等"がない。

これアウトラインプロセッサで書いたら、かなりおかしな階層になっていると思われる。今度やってみようか(時間の無駄か、、、。)

おそらく3クリックで、書き込みページの階層へ行くように設計されているが、更新のために、情報更新(Web)をクリックすると、最初に表示されるページが、すでに3階層目の氏名のところになっており、自分がどの階層にいるのかわからない。おそらく親切でこのページが開くようになっているが、逆に道に迷う。下の項目クリックするとアンカーが設定されていないので、クリックする度に、画面が一番上から表示して、クリックした項目が画面の下に消える。


2.ホームまで戻らないと編集ページへのリンクにいけない。自分のページにあってもいいと思うが。それに英語ページには編集ページにいくリンクがない。

3.自分のWebサイトを一つしか登録できない。日本語と英語で異なるサイトを指定したくてもできない。

4.登録シートでしかできない作業がある。

しかし、以前に比べればかなりいい。
あと関係ないがソートが更新日時順でもできると誰が更新していないのかわかるので、管理者(学部長や副学部長、課程長など)は、更新が指示しやすくていいと思った。

かなりデータを書き込んだ。以前書き込んだ次の日にデータがとんだことがあってから一度も書き込んでいないかったが、そうならないことを願う。



wakabayashishogo at 21:24|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

研究者情報

多すぎる研究者情報

■岐阜大学の教育・研究等活動情報
https://aris2.gifu-u.ac.jp/profile/ja.k07j55.html
https://aris2.gifu-u.ac.jp/profile/en.k07j55.html
これを更新するのが、職務上一番必要だ。

■ReaD & Researchmap
http://researchmap.jp/Shogo-Kato/?lang=japanese
http://researchmap.jp/Shogo-Kato/?lang=english
最低限の情報だけが見えるようにした。
デフォルトは、英語なのか。
http://researchmap.jp/Shogo-Kato/

■J-GLOBAL
http://jglobal.jst.go.jp/public/20090422/200901075861063559
ReaD & Researchmapから自動更新されるらしい。
GeNiiなどへのリンクは便利。最近改修中らしい。ReaD & Researchmapと統合して欲しい。


■産学プラザ
http://www.sangakuplaza.jp/page/129489
ReaDが情報源だと思われるが、削除申請を今日した。
その内、削除されるだろう。

さらに研究室Webサイトに、Facebook、、、。

wakabayashishogo at 12:56|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2012年02月26日

ベーシックインカム 分配する最小国家の可能性

文章が難しすぎる。
哲学の本だ、これは、、、。

ベーシックインカム 分配する最小国家の可能性
ベーシックインカム 分配する最小国家の可能性


しかし、このベーシックインカムという考え方は、重要だ。

「資産としての職」という言葉が気になる。
大学の教員という職にあるということが、資産である。それは、これを読む前から意識していた。

人の生産量をどのように分配すれば、人は平等に生きることができるか。国内問題だけはなく、国家間、つまり地球全体の問題である。

人類の生産性は、昔は、光合成で得られたエネルギーを利用して、生存、繁殖をするだけだった。それがいつしか、石油など、口から得るエネルギーでないものを利用して、生産性をあげてきた。

この総生産量は、地球全体でどの程度なのだろうか。
それを分配するということはどういうことなのだろうか、分配できるのだろうか。
生態学の学徒のはしくれとしては、そのあたりを計算しなければならないと思った。


wakabayashishogo at 22:07|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2012年02月16日

チベットの祈り、中国の揺らぎ

2日間で読んだ。

ダライ・ラマを中心として
カルマパ
パンチェン・ラマ
アブシ・パン・リンジンワンモ
などチベットを取り巻く重要人物から描き出されるチベット問題の本質が、読後に重くのしかかってくる。

チベット(自治区)、内蒙古自治区、新疆ウイグル自治区が共通に抱える問題、チベットへの、かつてのアメリカの支援など知らないことが多かった。

転生の問題、ダライ・ラマへの信仰心(忠誠心)がもたらす葛藤など、チベットを理解する上で欠かせない要素であることがよくわかった。

ダライ・ラマは言う
『たとえ人種の違い、肌の色の違い、宗教の違い、年齢の違いがあっても、根本的な違いはありません。精神、感情、心理の面では、私たちはみな同じです。』
だから、過去の不当な扱いを憤っても意味がないと。
そして、
『私たちはみな同じ人間です。誰も戦争は望みません。誰も苦しい思いをしたくありません。力を合わせましょう。』と。

中国という国の中でチベットは生きるというダライ・ラマの主張が、中国政府、中国の人たち(漢族)に受け入れられる日がくるのだろうか。

多様性こそが中国の底力であって欲しい。そう思う。

チベットの祈り、中国の揺らぎ――世界が直面する「人道」と「経済」の衝突
チベットの祈り、中国の揺らぎ――世界が直面する「人道」と「経済」の衝突


wakabayashishogo at 00:39|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2012年02月14日

こうして世界は誤解する

こうして世界は誤解する――ジャーナリズムの現場で私が考えたこと
こうして世界は誤解する――ジャーナリズムの現場で私が考えたこと

個々のジャーナリストがコントロールできる要因を超えたところにある要因―それでいて報道の内容や方法に影響を与える要因―について書いたものである。と著者自らがあとがきに書いている。中東での取材を通した視点で書かれている。

その要因の大きさへの自分の無知に驚かされる本。メディアリテラシーを身につける上で注意すべき視点が多数ある。

独裁政権と民主主義、
広報上手と広報下手
エジプト、イラク、シリア、スーダン、
イスラエルとパレスチナ
ビンラディンと欧米など
そして、先入観に囚われた中東のイメージを解きほぐす。

次はチベットだ。
チベットの祈り、中国の揺らぎ――世界が直面する「人道」と「経済」の衝突


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2012年02月09日

風評被害

風評による被害発生のメカニズムを、ちょっと考えてみた。
実際には存在しない因果関係を作り出してしまった場合に起きることがある。
つまり、情報の確からしさを判断できないために生じる。

そのケースには2つありそうだ。
原因の確からしさがわからない(あるいは誤解する)場合と、
因果の確からしさがわからない(あるいは誤解する)場合に生じる。
(無論、この両方という場合も)

前者は、例えば、放射線量の測定値が正しいか、わからないから。
後者は、例えば、健康に影響を与える程度の放射線量が、わからないから。

前者は、精密な測定をすることで回避できるが、測定漏れがないかという不安が、測定の確からしさに疑念をいただかせる。これは、漏れさえなければ、確からしさはかなり上昇する。

後者は、放射線量が健康に与える影響は、残念ながら専門家でも意見がわかれるため、主張の最低値か、ゼロに近い値まで閾値が下がる。どのような因果が確からしいのか、わからない、決められない。おそらく数十年後に少し影響がわかり確からしさが少し上昇するか、低放射線量の影響は私生活の影響の方が大きくて、検出できず(影響がないという意味ではない)、確からしさはまったく上昇しないかもしれない。そうすると、因果の確からしさを上昇させることは難しい。

そうすると、放射線量の測定値の確からしさを上昇させるしかない。測定漏れを無くす以外に、方法がない。しかし、砕石のケースのように想定漏れがある場合などもあり、測定漏れを回避できないとすると、原因の確からしさを確定する方法がない。誰でも簡単にすべてのものを測定できるような状況が必要であるが、難しい。

風評被害は、なくならない、このままだと。

農林水産業に携わる人々の苦悩を考えると、原発、そして原発事故の問題に向き合わなければと思う。



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2011年12月07日

男女共同参画推進

男女共同参画推進に関するシンポジウムを聞いてきた。男女共同参画推進室長の副学長から、直接、お誘いのメールも来たので。

育児などに関わると、時間が足りないといった点がパネリストから意見として出されていた。実験などは家ではできないので、デスクワークと違って。

私は育休をとっていないので、偉そうなことはいえないが、男女共同参画推進の先生の講演会などや、今回のシンポジウムで、私は、パラダイムを完全に転換して、研究に臨んでいる(ことに気がついた)。

30年程度の研究人生で、1年〜2年、研究から離脱して当然と考えればいいと。
夫婦で、子供を持つことを選択すれば、女性は必ず仕事から離脱する時間が生じる、物理的(?)に。
男性は、物理的(?)には生じないが、男性も同等と思えば気が楽である。
1本、2本、論文が減ろうが、子供をよりよく育てることに時間を使って、人生、生きた方が、幸せだ。
(他人には強要しないが)

それに、教育現場(大学)で、どういう生き方をしているのかを見せることが重要で、それが社会にでる学生達の考え方に影響することを考えれば、大学の教員の生き方が社会構造に影響を与えてしまうから、周りの先生の中にも、そういった(子育てに関わる)姿を見せるべきだと考える方がいる。

問題は、育休中の生きる金銭的な糧と、不在時の人的資源の補完をどう確保するかだ。
このあたりは、また、何か考えついたときにでも。



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2011年12月06日

読み合わせ

出版する本の校正作業を少ししている。この中で、読み合わせを一部している。

デジタル入稿なので、文字の入れ間違いはほとんどない。
しかし、横組みのデータを縦組みにしているので、1990年を一九九〇年と変更しているところがある。
これは、時々間違って変換していることがあった。しかし、これは印刷屋さん側のミス。

一方、読み合わせると、聞き取りづらい、つまり文章が長い、主語述語がはっきりしないといった文章があぶりだされることがある。

誤字脱字もそれなりに見つかるのだけれど、いまさらながら、誤字脱字を探す以上の効果が、読み合わせにはあったのだと実感する。

時間はかかるが、費用(時間と人)対効果としては、やるべきだと思った。



wakabayashishogo at 16:48|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2011年11月06日

判例主義

日本は、判例主義だ。

判例がないと、違法(不法)かどうか判断しにくい。ある事例に、その判例が当てはまるかどうかは、その事例に、その判例が当てはまるように状況が合致している必要がある。判例があるから大丈夫とは、なかなか、言えない、と思う。契約書があれば、状況の同一性の程度を判断しなくてもいい。

契約書が法律を超えて、契約しているときは、違法(不法)だろうが、互いに合意していれば、痛みは小さい。そういうものだと気がついた。判例があるから問題ないと言われる方とのやりとりの中で。

心配性なので、こっちは契約書が欲しいだけなのです、、、。



katoshogo at 22:00|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2011年11月03日

節就宣言?

カヤックという会社がやっている節就宣言というサイトで、
エントリーをする前から、ある程度、どれぐらいこの会社に合ってるかがわかれば、就職活動のエントリーを少し節約できるはず(対策も可能)。
そこで、志望動機で合格可能性を判定いたします。志望動機を専用フォームからお送りください。
事前にカヤックの合格度を判定いたします。
もっと無駄を省きたい方は、他社への志望動機でも構いません。

カヤック社員の顔を分析した結果による「顔での合格可能性判定」や、Facebookのソーシャルグラフでの合格可能性判定のコンテンツも用意しています。

とあった。

さすがに、志望動機書はないので、Facebookとの連携で、カヤックという会社との距離を診断してもらった。
http://www.kayac.com/recruit/sesshu/

1000kmとでた、、、。

就職活動をスタートする皆さん、時間を無駄にするような就職活動をしようとしていませんか?
全部の会社から内定をもらえる人は、まずいません。
そうであるなら、あらかじめ相性の良さそうな会社を絞り込んで受けてみては?
就職活動の時間は短く。その分、学生生活を有意義に。


だそうだ。

就職が目的なのに、就職活動という手段そのものが、目的になっている人?への、おもしろい警告。






katoshogo at 02:39|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2011年10月30日

目的

何かを改善しようとするということは、目的がある、崇高な目的が。

でも、時々、何のためにそれをやるのだろうということがある。

なぜか手段が優先され、なぜ、それをやるべきであったかという目的が見えなくなっていく。

目的をみつめれば、おのずとどんな手段でそれを実現すべきかということが決まってくると思うのだが、、、。


katoshogo at 00:56|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2011年10月17日

地震予知

生態学と地震学を対比して考える。

地震学では、予知できると考えて?、予算を獲得し、いつ地震が起きるか、明らかにしようとしてきた。
しかし、これは生態学で考えれば、あそこの場所に、あの樹種の木が生えてくると予知できるといっているようなものだ。生態学に置きかえれば、地震学の予知が、かなり無理なことは想像できる。

生態学なら、このあたりに、あれとかこれとかの樹種の木が、生えてきそうと予測するモデルをつくることがぐらい。あそこの山の標高、これくらいのところなら、あの樹種が優占するだろうとか。

天気予報のように、大気の状態などがわかっていても、あたらないことはあるのに、将来起きる地震のことを予知できるというのは、やはり、いいすぎだっただろう。

パラダイムの転換にだいぶお金と時間がかかった。しかし、気がついたんだから、次にいかせる。どの程度の地震が、どの程度の間隔で、どの程度の被害が想定され、どの程度備えればいいのかを、示していく方向になるだろう。その危険度を、規模や時期で予測することはできるだろう。

これ以上の悲しみを生まないために、新しい地震学による次の一歩を、次の一手を。


katoshogo at 14:34|PermalinkComments(2)TrackBack(0)

2011年10月04日

e-learningと著作権

明治大に、たんてきに、詳しく書いてある。
インターネットで公衆送信が認められるのは、実際に授業が行われる主会場から遠隔地の副会場に同時中継される場合のみであり、 “いつでも・どこでも”さまざまな場所に配信するeラーニング教材は、この例外規定の対象にはならないのです。

http://www.meiji.ac.jp/ubiq/contents3a/work/drmwork.html

しかし、誤解している方もいる。

校内放送や校内LANなら、送信することが許されているので、e-learningでも、他人の著作物を掲載してもいいと理解しているケースだ。

例えば、文化庁の資料の中のこのような文章を誤解している。
なお、この公衆送信権は、学校内などの「同一の構内」においてのみ行われる「送信」の場合、対象となりません。したがって、学校の校内放送では音楽を自由に流すことができます。また、通常校内LAN(ローカル・エリア・ネットワーク)を使う場合も同様です(ただし、プログラムの著作物はこの例外となります。)

http://www.bunka.go.jp/chosakuken/text/pdf/chosaku_text_110602.pdf

校内は法律上、構内である。これは、公衆送信の例外規定である。

著作権法
七の二 公衆送信 公衆によつて直接受信されることを目的として無線通信又は有線電気通信の送信(電気通信設備で、その一の部分の設置の場所が他の部分の設置の場所と同一の構内(その構内が二以上の者の占有に属している場合には、同一の者の占有に属する区域内)にあるものによる送信(プログラムの著作物の送信を除く。)を除く。)を行うことをいう。


構内は、一つとは限らず、その占有区域が離れていた場合、その2つの構内(例えば、AキャンパスとBキャンパス)という場合に、限定されて、有線でも無線でも送信されることを許している。

しかし、e-learningは、公衆送信を可能にしている。他人の著作物をe-learningシステム上にアップロードすれば、送信可能化権を侵害することになる。e-learningシステムは、決して、同一構内ではない。パスワードで学生しかアクセスできないが、それが構内ということではない。同一の者の占有に属する区域である必要がある。

また、これは公衆送信したかどうかが問題ではなく、送信可能化権をおかしたこと自体が罪に問われる。つまり誰もダウンロードしていないくても、駄目である。

だって、もし、誤解が誤解でないとすると、他人の著作物(つまり、教科書)をばんばんデジタル化して、アップロードできる。そんなことが許されるわけがない。誤解している方は、早く誤解を解かないと、著作権法違反です、、、。

これが情報処理演習の担当教員(私)の、平成18年の改正著作権法の理解である。






katoshogo at 23:12|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2011年09月27日

規範意識

風土保全教育プログラムをやっていて思う。

規範意識が生まれるためには、やっぱり、その集団でルールを守ることが生存(集団への帰属)に強く影響するような状況に、個人が置かれなければ、駄目だ。

ルールを守らなくても生きていけるなら、規範など生まれないし、共有できない。風土も生まれない(風土は、適当に書けば、主に自然環境の制約に基づく規範)。そして、風土も理解できない。



wakabayashishogo at 11:18|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2011年09月18日

風土保全教育プログラム

旧荘川村で、風土を学ぶ講義・実習に数日行く、この雨模様の中。

荘川村は、世界遺産の合掌集落の白川村の上流に位置する村で、電力確保のためのダム建設のために分断される以前は、上白川とも呼ばれる地域だった。御母衣ダムができて、完全に分断されてしまった。荘川桜の移植ばかりが強調されるが、その裏にある移住の歴史は、(荘川村史上下巻が手元にあるが)悲しい歴史だ。

この御母衣ダムに沈んだ地域に住んでいた方々の一部は、いま私が住んでいる居住地の近くに移住している。

近くの神社で、獅子舞の奉納が、毎年あるが、調べると、時の流れを感じる。荘川を離れた村民の方々は、もう奉納していないのか、、、。
http://buns.jugem.jp/?eid=103

※風土保全教育プログラム
名前からして、風土を保全することが目的と思われがちだが、保全されている風土を教育に用いるプログラムと思ってもらった方がよい。


wakabayashishogo at 22:49|PermalinkComments(3)TrackBack(0)

2011年09月15日

原子力発電

原子力発電所、電力会社にはなんの恨みもないが、やはりやめよう。
いまこそ、と思うようになった。

反対も賛成もしてこなかったが、その態度自体が、賛成と同じだった。

京都大学の小出裕章氏は、原子力発電の問題は、危険を田舎に押しつけるという差別の問題だから反対するという。

(この動画は、斑目さんのインタビューは切り取られているので、その点は問題あり)

リスクがある原子力発電所を人の少ない田舎につくるのは当たり前と考えている考えにこそ、この問題の本質がある。

事故があっても死ぬ人数としては、確かにリスクは小さくなるが、それは、人口に占める割合としてのリスク低下であり、自分が死ぬ確率を下げるために、他人の死ぬ確率を上げる選択を求めるのは、あきらかにおかしい。

90%の人が助かり、10%の人が死ぬとして、自分が90%側で、原発地域の人が10%側だ。けっして、自分が90%と10%の確率を背負ったわけではない。自分は、90%側という、つまり、100%助かる側を選択することが、他の人のリスクを上げる。

電力という恩恵を受ける人達のリスクが下がり、原子力の電気などいらない地域の人達のリスクが上がる。
こんなおかしなことはない。こんなことが許されるわけがない。

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2011年09月04日

訓練

訓練が最近よく行われるが、想定があますぎるような気がする。

東京で帰宅困難者に対する訓練や、緊急車両を通すための通行規制の訓練をみていると、そこが現場であるということが想定されていないようにみえる。

東日本の沖で地震がおきても、あの程度混乱した。もし、東京で地震が起きれば、道路にはがれきが散乱し、車両は放置され、けが人などの動けない人が発生し、電源も喪失し、そこが被災地になる。

ところが、訓練では、あたかも、そこには被害も何もないかのように進行する。
避難者は全員歩けて、電気もあり、通路は普通に歩ける。
もっと通路を妨害するようなものがあることを想定しないと。

しかし、東京の過密ぶりをみると、対応では混乱を防ぐには不可能ではないかとさえ思える。
東京から分散して、暮らすことはできないのだろうか。リスクが高すぎる。


wakabayashishogo at 21:26|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2011年09月02日

顔写真

facebookで、卒業した高校の、最近の世代の写真をみると、自分の頃とはまるで違う顔ぶりで、、、。

これが世代の違いなのか、属するコミュニティが変化したのか。

両方だろうが、顔写真に、将来の日本に、言いしれぬ不安が、よぎる。

wakabayashishogo at 00:40|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2011年08月14日

顔写真

様々な人のfacebookの友人関係の顔写真を見ていると、類は友を呼ぶという感じを強くうける(むろん、奇をてらう写真もあるので、なかなか、難しいが)。

友人の顔写真の雰囲気?に多様性がない人や、多様性いっぱいの人。

実際の友人を、ある程度、反映していると思うと、興味深い。




wakabayashishogo at 23:32|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2011年08月10日

オープンキャンパス2日目

2日目は、あまり運営にかかわらず、外部からみる。大きな問題はないようだった。2日目にも多くの方が参加された、立ち見までは、いかなかったか。展示は盛況。農場見学も盛況。

来年の課題へのアイデアも色々。しかし実現には予算がかかりすぎる、身の丈にあった予算投入の検討が必要だ。本業は教育研究。時間配分も大切。

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