大学生のための情報リテラシー

情報検索、レポートの書き方、図表作成、プレゼンテーション術

原子力発電

原子力発電所、電力会社にはなんの恨みもないが、やはりやめよう。
いまこそ、と思うようになった。

反対も賛成もしてこなかったが、その態度自体が、賛成と同じだった。

京都大学の小出裕章氏は、原子力発電の問題は、危険を田舎に押しつけるという差別の問題だから反対するという。

(この動画は、斑目さんのインタビューは切り取られているので、その点は問題あり)

リスクがある原子力発電所を人の少ない田舎につくるのは当たり前と考えている考えにこそ、この問題の本質がある。

事故があっても死ぬ人数としては、確かにリスクは小さくなるが、それは、人口に占める割合としてのリスク低下であり、自分が死ぬ確率を下げるために、他人の死ぬ確率を上げる選択を求めるのは、あきらかにおかしい。

90%の人が助かり、10%の人が死ぬとして、自分が90%側で、原発地域の人が10%側だ。けっして、自分が90%と10%の確率を背負ったわけではない。自分は、90%側という、つまり、100%助かる側を選択することが、他の人のリスクを上げる。

電力という恩恵を受ける人達のリスクが下がり、原子力の電気などいらない地域の人達のリスクが上がる。
こんなおかしなことはない。こんなことが許されるわけがない。

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訓練

訓練が最近よく行われるが、想定があますぎるような気がする。

東京で帰宅困難者に対する訓練や、緊急車両を通すための通行規制の訓練をみていると、そこが現場であるということが想定されていないようにみえる。

東日本の沖で地震がおきても、あの程度混乱した。もし、東京で地震が起きれば、道路にはがれきが散乱し、車両は放置され、けが人などの動けない人が発生し、電源も喪失し、そこが被災地になる。

ところが、訓練では、あたかも、そこには被害も何もないかのように進行する。
避難者は全員歩けて、電気もあり、通路は普通に歩ける。
もっと通路を妨害するようなものがあることを想定しないと。

しかし、東京の過密ぶりをみると、対応では混乱を防ぐには不可能ではないかとさえ思える。
東京から分散して、暮らすことはできないのだろうか。リスクが高すぎる。

顔写真

facebookで、卒業した高校の、最近の世代の写真をみると、自分の頃とはまるで違う顔ぶりで、、、。

これが世代の違いなのか、属するコミュニティが変化したのか。

両方だろうが、顔写真に、将来の日本に、言いしれぬ不安が、よぎる。

顔写真

様々な人のfacebookの友人関係の顔写真を見ていると、類は友を呼ぶという感じを強くうける(むろん、奇をてらう写真もあるので、なかなか、難しいが)。

友人の顔写真の雰囲気?に多様性がない人や、多様性いっぱいの人。

実際の友人を、ある程度、反映していると思うと、興味深い。


オープンキャンパス2日目

2日目は、あまり運営にかかわらず、外部からみる。大きな問題はないようだった。2日目にも多くの方が参加された、立ち見までは、いかなかったか。展示は盛況。農場見学も盛況。

来年の課題へのアイデアも色々。しかし実現には予算がかかりすぎる、身の丈にあった予算投入の検討が必要だ。本業は教育研究。時間配分も大切。

オープンキャンパス1日目

ほぼ満席で、パイプ椅子を追加したところで、通路が埋まり、立ち見がすごかったので、多くの方に席をつめていただき、なんとか席を確保中、高校生ぐらいの同伴者を伴った方に、『席をつめてください』とお願いすると、『娘が前が見にくくなるから』、と答え、席をつめていただけなかった。言葉を失って、何も言えなかったのが完全に失敗だった。

『主催者の指示に従えない方は、退席ください』と、言わなければならなかった。

立ち見された方に申し訳ないことをしたし、この方を更生させる機会を失してしまった。

この方を退席させなかった失敗をここでお詫びいたします。

一方的

何かしよう(あるいは逆にこれまでの政策を継続しよう)すると、
市民からの反対という声があがり、取りやめるということが多いような気がする。

すると、それが報道され、今度は、中止に反対という声があがり、判断が非難される。

おかしいという意見を放置する必要はないが、おかしいという意見の、どこが妥当かをきちんと検討することもなく、ことなかれ的に判断して、取りやめるから、二転三転する。

でも、きっとこれまでも、一方の意見だけを聞いて、取りやめるということはいっぱい起きていて、それがネットで拡散し、つながるようになったので、よく目にするようになっただけだろう。



超越

鈴峯女子短期大学
言語文化情報学科
日本語日本文化(^^)コース

「漢字」+「顔文字(^^)」のコース名のワケ

古典文学/文化と現代文化の融合
学問と日常の出会い(「今のわたし」から始める学問)
情報の伝達に終わらない「ことばの教育」
たくさんの言葉を並べて説明するよりも、(^^)という文字が、私たちのコースの新しさと楽しさを伝えてくれる、そう信じて思いを文字に託しました。


だそうです。

コース名称に(^^)とは、斬新というより、超越しています。

規範

駐輪場以外への駐輪(駐輪場と書いていないところはたいてい駐輪禁止)

生協2階での飲食禁止の貼り紙(パソコンとか本屋で飲食しないのは当たり前)

郵便局のキャッシュディスペンサーの床に、利用明細が散乱(利用明細を捨てるゴミ箱の投入口がふさがれて投入できないようになったからといって、いろいろ書かれている利用明細を捨てるのもおかしいが、ゴミをそこへ捨てていくことが理解できない)

こんなに規範意識が薄れているとは。

すべて大人の責任。

台風

京都のある大学の通知:
台風6号の接近に伴う臨時休講について(7月19日)

三重のある大学の通知:
学生の皆さんへ:大型台風接近について

この能力の差、、、。
前者は休講情報と一目でわかるが、後者は一目で台風情報と思うタイトル。

タイトルは、内容を示すものをきちんとつけよう。

進学説明会

進学説明会にいってきた。なかなか熱気があって、11:00から14:30すぎまで昼食をとることもなく、相談を受け続ける。10分でご飯をすませ、すぐ戻る。すぐ相談者がこられる。17:00までフルで働く。他大学の様子を見に行く時間もなかったというか、岐阜大学の他学部をよそ見する時間もなかった。

こんなに志望していただける方が多いことに感謝。

一人平均20分ぐらい。1日で、20人程度しか、相談できない。席があいていて、説明者が多ければ、もっと相談者がくるのだろうか?

早稲田大の担当者は、この暑い季節に、全員ネクタイをしていた、、、。

分室

教室の利用率は、結構、色々、評価で聞かれるから、そこを聞きたかったけど、やめた。

分室を設置して、その費用対効果を算出した資料があるわけもないので、、、。

そういったセンスでも、分室設置をきちんと説明して欲しかったんだけど、、、。
(遠い人の利便性の向上はわかっています、何年も委員をやっているので、、、。)

批判は簡単、運営は大変。

分属

研究室分属。1名と決定。これまででもっとも少ないか。

研究室分属、これが、人生を決める? 
というより、その研究室を選ぶという行為自体が、人生。

人生の歩み方を自分で選択したということ。

さてさて。

救済?

ある会社の新社長が、「被災者の方を一日も早く救済するのが今求められていることです」と、NHK(6/28)インタビューで答えていたが、賠償するの間違いでしょ?

揚げ足とるつもりはないけど、間違いをおかしたのが自分達だと思っていれば、救済するとは、口からでないと思うけど、、、。

課題の締め切り

課題の締め切りをすぎて、出される提出は、見るが採点しない方針。

理由は、簡単で、2つ以上課題を抱えていて、片方(たとえば、私以外の講義の課題)を出し、片方(たとえば、私の講義の課題)を期限後に出して、成績を得ようとする人がいると、正直に、2つの課題を不十分でも締め切りまでに出した人との公平性が保てないため。

ただそれだけ。

でも、期限後でも見るといっても、ごく一部の人しか、提出がない、、、。


レポート校閲

(私は担当しているが、採点しない)ある科目のレポートを事前に出すと、校閲して、返却してから、実際に、採点される先生に提出すれば、よいと指示しているが、ここ数年、一桁の人数しか、提出はない。80人もいるが、、、。
(無論、採点される先生も、事前に査読を受ける可能性があることは、知っている)

まぁ個人で、いいレポート書けるなら、それにこしたことはないが、もとのレポートがよければ、一押ししてやるだけで、すごくよくなる。

まぁ人数が少ない方が、しっかり見て返却できるから、それはそれでいい。

私の期待(任意の課題)に全部応えていたら、みがもたないかもしれないので。




薬剤師のたまご

薬局に薬を朝もらいに行った。

なぜか、リクルートスーツを着た、学生と思われる人達がイスに座っている。
私や子どもに座る場所はない。何か二人で世間話をしている。

その後、我々が薬をもらうと、薬剤師の手が空いたので、彼らが呼ばれて、
どうやら、インターンシップのようなものようで、薬のある部屋へ通されて、
他にもこれに前後して、2名、さらに来た。

結局、
彼ら自身が、「客がいるのだから席を空けるのは当然」とは思わなかったようだったし、
薬局の薬剤師さんは、彼らに、「客が立っているのだから、席を空けなさい」とは言わなかった。

自分の学生なら言うけど、
薬部屋に入っていくまで、薬もらいにきたのかと思っていたから、
そこまで最初は深く考えず、立っていた。



何がしたいかではなく、何を(な)すべきか。

何がしたいかではなく、何を(な)すべきかを考えよと、あるとき、伝えた。

この区別ができなければ、期待には応えられないと。

でも、区別ができる人は、そういない。


例)
今したいことは、震災のボランティアだ。
でも、今なすべきことは、今、目の前にいる学生たちを育てることだ。
被災地へいけない私がなすべきことは、震災ボランティアに、
物心両面の支援をすることだ。

約1年ぶり

同じ手法のグループ討論を約1年後にした。

わかったこと。
混乱を収束に向かわせる時に注意が必要。

混乱を収束させず、混乱したことが、そのまま、まとめになってしまうことがある。
つまり、人によっては、混乱を乗り越える手助けが必要な場合がある。

グループ討論?

宿泊形式の正課実習で、
ティーティングアシスタントが、
グループ討論を主催するというので、一つのグループをハイジャックした。ハイジャックするために、ワークショップの本を3冊、読み、充分な準備をした。シナリオを下書きし、さらに実習に行くバスの中でさらにシナリオを清書してストーリーを決めた。ペンや付箋紙も用意されているだけではきっと足りないとふんで、ホームセンターや生協で買い占めて。

宿泊先についてからも、体育館でグループ討論をすることはわかっていたので、グループ討論にふさわしい場所を下見してイメージトレーニングをした。結果、このグループだけ、体育館の2階のスペースに隔離されて行った。

「自然との共存とは」とか、「理想の自然とは」というタイトルだったので、勝手に、「自然」について、ワークショップもどきで、議論した。

1.自己紹介
2.頭の体操、漢字でビンゴ(といってもビンゴまではしなかった。時間がなかった。ビンゴの用紙を埋めるところまでやった)
3.各自の一番興味のある環境問題について、口頭で発表。
4.それらについて、関係する要素を付箋紙に書き出す。さらに2人組になって、書き出す。
5.これらの付箋紙を自然とそれ以外にわけて、壁に貼るように指示。
6.貼られた付箋紙の要素の貼られた場所の妥当性をみんなで検討。
7.最後に、自然の定義について、一定の制限つきで、文章を作成してもらう。
8.模造紙に全員に各自の「自然」の定義を書いてもらう。
9.模造紙を持ちながら、なぜそのように考えたかを含めて、自然の定義について発表してもらう。

ティーティングアシスタントが
やったグループ討論とは、異質の模造紙が一つだけできあがった。

反省点としては、4の要素が、充分説明がなかったので、要素になりきらなかった。6の検討の時に、少ししゃべりすぎた。もう少し、学生から意見をもらって検討した方がよかった。2は時間があればやりたいが、すでに時間はきまっていたのでどうしようもなかったが、まぁ、、、。ビンゴも付箋紙に書かせた方がおもしろかったかも。書いた後に並び替えられるので。

1年生には、このワークショップもどきがうまくいく、文章力や課題への考察力があることを充分、認識した。また、ワークショップとはかなり距離をおいていたが、ワークショップの手法で違和感のあるところを利用しなければ、自分にもツールとして利用可能であることがわかった。

ティーティングアシスタントが
ここ2年行ったグループ討論の今後に自分なりの答えがでた。
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プロフィール
作者:加藤正吾(Shogo KATO)

大学生の情報リテラシーの向上によって、荒廃した日本社会を少しでも良い方向へ向ける一つの力を提供できればと考える一社会人
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