学生居室には、コーヒーを入れに行ったり、弁当箱を洗いにいったり、高頻度に出入りする。その時のできごと。

よく、お昼ご飯をうちの研究室の学生と我々の学生居室で食べている(友人なら他の研究室で食事をすることぐらい、よくある光景であろう)。

私は、その二人から見えるところで、弁当箱を洗っていた。
他の研究室の学生が世間話のように、卒論の進捗について、話していた。
正確には覚えていないが『先生が、実験でやって欲しいand求めている到達完成度まで、私はやる気はない。適当に、、、云々、、、。』と言っていた。

ここで、私がここに書き込もうと思ったのは、いい加減に仕事を終わらせて、卒業しようという学生の気持ちを責めるためではない。

他の研究室に来て、教員(私)がいるのに、ある教員の求めている要求度まで私はやる気ないんだよね、と平気で話すことが信じられない。

その該当の先生は、同じ階なので、私には誰かすぐわかる。それを平気で私の居る部屋で話す神経がわからなかった。その先生の指導の状態はわからないが、先生に指導されようがされなかろうが、自分の判断で適当に卒論を終わらせて卒業していくということを他の教員に聞かせて、誰が恥をかいていると思っているのだろう。その先生が、恥をかかされているということを理解しているのだろうか。無論、もっとも恥なのは、その先生に恥をかかせているということに思いをはせない、その学生だと私は思います。

厚顔無恥とはこのことか?それとも私は教員には見えなかったのか、、、。

これをとがめず、あきれて部屋を後にした私の方が教育者として失格か、、、。