1日遅れで。

阪神淡路大震災の時、大学4年生。その時から、岐阜にいたので、地震で目が覚めた。テレビを付けたが、地震速報もなかったので、また寝た。

そろそろ大学へ行こうと起きた。テレビを付けた。高速道路が倒れていた。
大変なことが起きたとその時、知った。

このことは忘れない。

大学4年生の卒論の時期。

まとめる作業がつらかったけど、その後の燃える神戸の街中で、
一人の女性が泣き叫んでいる映像を見た。
もう、家も何もかも燃え、がれきがつもり、
遠くまで見えるようになってしまった状態での中で。
「お父さんがこの下にいる。熱いから早く出してあげて。」というような
ことを叫んでいる映像だった。

もう、絶対生きていない状況であった。
がれきが、ただ、燃えるにまかせて燃え尽き、
火勢が弱くなり、くすぶり、煙をあげていた。

人が人を想う気持ちの重さ。生きているだけいい。

卒論なんて、たいした問題ではない。
卒論では死なない。

そして、しばらくして血が足りないことを知った
大学まで陸上競技部で中長距離だった私は、献血とは無縁だった。
血をあげるなんて、ランナーにはあり得ない選択だった、それまでは。

しかし、献血にいった、今、自分にできることはこれしかないと。